東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6384号 判決 1967年3月27日
原告 高橋清
参加人 北口晴亮
被告 赤坂実
主文
原告および参加人の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、原告と被告との間では原告の負担、参加人と被告との間では参加人の負担、参加人と原告との間では訴訟費用はこれを三分し、その二を原告のその一を参加人の負担とする。
事実
第一、当事者らの求めた裁判
一、原告
(一) 申立
「被告は原告に対し別紙物件目録<省略>記載の工作物等を収去して、同目録記載の土地を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。
(二) 参加申立に対する答弁
参加申立の趣旨第一項同旨の判決。
二、参加人
「一、参加人と原告との間において別紙物件目録記載の土地が参加人の所有であることを確認する。二、被告は参加人に対し同目録記載の工作物等を収去して、右土地を明渡せ。三、参加の訴訟費用は原告および被告の負担とする。」との判決ならびに右第二項について、保証を条件とする仮執行の宣言。
三、被告
原告および参加人の申立に対する答弁
主文同旨の判決
第二、主張
一、原告の請求原因
「(一) 原告は昭和二二年六月三〇日別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)を前所有者訴外斎藤長造から買受けて、その所有権を取得し、同日その旨の所有権取得登記を経由した。
(二) 被告は本件土地上に同目録記載の工作物等を所有して、本件土地を占有している。
(三) よつて、原告は被告に対し本件土地の所有権に基づき、前記申立欄記載のとおり本訴におよぶ。」
二、参加人の参加の原因
「(一) 原告の請求原因第(一)、第(二)項と同旨。
(二) 参加人は昭和四〇年四月二一日原告から本件土地を代金一、〇〇〇、〇〇〇円で買受けてその所有権を取得し、同日その旨の所有権移転登記を経由した。
(三) よつて参加人は原被告に対し、参加申立欄記載のとおり、本訴におよぶ。」
三、原告の答弁
「参加の原因第(二)項の事実は認める。」
四、被告の答弁
「原告の請求原因第(一)、第(二)項および参加の原因第(一)項の事実ならびに参加の原因第(二)項のうち所有権移転登記がなされている事実は認めるが、その余の事実は否認する。」
五、被告の抗弁
「(一) 被告は今次大戦前から本件土地上に存在した訴外斎藤長造所有の家屋を賃借居住していたが、昭和二〇年の戦災によつて右家屋から焼け出されたので、その焼跡である本件土地上に、建坪七坪五合(二四・七五平方米)の木造トタン葺バラツク建建物一棟(以下旧建物という。)を築造して居住していたところ、同二二年原告が本件土地の所有権を取得したので、原告に対して罹災都市借地借家臨時処理法第二条による優先賃借権設定の申出をなし、同年一〇月一日本件土地の借地権を取得した。右賃貸借は昭和三二年一〇月一日借地法第六条の規定によつて、同日より二〇年の期間をもつて更新された。
(二) かりに、原告参加人間で本件土地の売買契約が締結されたとしても、この売買契約は虚偽表示であつて効力がない。原告は被告を相手方として本件土地の明渡を求め、昭和二八年九月から現在に至るまで一〇年余にわたつて争訟を続けてきたのであるが、たまたま本件土地上に被告の保存登記ある建物がなく、被告の借地権が対抗力を欠いていることを奇貨として、本件土地を形式上第三者たる参加人に譲渡することにより、参加人の名で被告を本件土地から放逐すべく、真実は譲渡する意思がないのに、参加人と意思を相通じて、本件土地の売買契約を締結したものである。
(三) かりに右の売買契約が虚偽表示でないとしても、原告は被告に対する本件土地明渡請求訴訟において、被告の賃借権の抗弁を免れるため、参加人をして土地明渡請求の訴訟行為をなさしめる目的で、同人に本件土地を信託譲渡したものであつて、その譲渡行為たる右の売買契約は信託法第一一条により無効である。
(四) かりに、前二項の抗弁がいずれも理由がないとしても、参加人は、本件土地の明渡については、原、被告間において一〇年余にわたつて争われ、現に訴訟中であることを知りながら、被告が本件土地上に保存登記ある建物を有しないため、自己の賃借権を参加人に対抗しえないことを奇貨として、わざわざ本件土地を買受け、被告を本件土地から放逐して、不当の利益を得ようとするものであるから、本件土地の明渡請求は、権利の濫用として許されないものである。」
六、抗弁に対する原告の答弁
「(一) 被告の抗弁第(一)項の事実は認める。
(二) 同第(二)、第(三)項の事実は否認する。原告と参加人間の本件土地の売買は、原告、参加人両名のそれぞれの必要により、真実所有権を譲渡したものであつて仮装のものではなく、また訴訟行為のための信託譲渡でもない。」
七、抗弁に対する参加人の答弁
「(一) 被告の抗弁第(一)項のうち、被告がその主張の頃罹災都市借地借家臨時処理法に基づいて、本件土地の借地権を取得し、その賃貸借が一〇年の期間満了とともに更新されたことは認める。
(二) 同第(二)、第(三)項の事実は否認する。参加人は真実本件土地の所有権を譲受ける意思で、原告との間に売買契約を締結したものであり、その当時は本件土地が訴訟中のものであることは知らなかつたので、本件土地を代金一、〇〇〇、〇〇〇円で買受けたものである。
(三) 同第(四)項の事実は否認する。本件土地については、借地権の登記も建物も存在しないので、被告の賃借権は、真実本件土地の所有権を譲受けた参加人に対抗できず、参加人の明渡請求は当然の権利行使である。」
八、原告の再抗弁
「被告の本件土地に対する賃借権は、旧建物の朽廃により消滅した。すなわち旧建物は昭和二〇年五月頃、焼トタン等の古材を利用して、土台なしで建築した粗末なもので、同三三年当時すでに、屋根および柱等の腐朽の度合がはげしく、小くとも被告がこれをとりこわした同三六年九月中旬には、屋根の焼トタンは腐朽して雨もりし、古材を使用した柱、屋根の下地材ならびに床板まわり等も腐朽して、住居としての使用に堪えない状況となり、すでに朽廃していた。被告が旧建物をとりこわし新築にとりかかつたのも、建物の朽廃のゆえである。」
九、再抗弁に対する被告の答弁
「旧建物が原告主張の当時朽廃したとの事実は否認する。被告が原告主張のころ、旧建物をとりこわして新築にとりかかつたのは、旧建物が朽廃したからではなく、戦災直後に建築した建物であつたので、被告の多人数の家族が生活するためには、手狭まで不自由であつたからである。旧建物に使用していた材料は、現在被告が居住している仮設建物にそのまま使用しており、いまだに使用に堪えうるのであるから、旧建物も部分的に通常の補修改造をすれば、充分居住の用に堪ええたもので、朽廃の状態には至つていなかつたのである。
一〇、被告の再々抗弁
「かりに旧建物が朽廃したとすれば、それはもつぱら原告の責に帰すべき事由によるものである。旧建物は戦災直後応急的に建築したバラツクで天井が極めて低く、三畳一間の居間しかないため、被告ら親子七人の生活には構造上極めて不便であつたことから、かねてこれを改築して本建築にする計画をしていた。被告には前記のとおり本件土地の借地権がある以上、本建築に改築することは被告の権利であつて、原告はこれを禁止しえないにもかかわらず、昭和二七年三月頃被告が右建築に着手しようとすると、原告は不当にも突然被告に対し、旧建物の現状変更禁止の仮処分を得てこれを執行し、以来右仮処分はその本案訴訟が被告の勝訴に確定した同三六年三月二四日に至るまで継続したため、この間一〇年もの間、被告は右仮処分により旧建物の改築はもちろん、修理も不可能となつた。したがつて、旧建物が朽廃したとすれば、その原因はもつぱら原告の不当な仮処分が継続したことによるものである。このように原告は不当な仮処分によつて、被告の改築ならびに修理を禁止し、自から建物朽廃の事態を惹起せしめておきながら、これを理由に借地権の消滅を主張するものであつて、この主張は信義則に反し許されない。」
一一、再々抗弁に対する原告の答弁
「被告主張のころ、被告主張の仮処分が執行されたことは認めるが、その余の事実は否認する。旧建物が朽廃するに至つたのは、バラツク建建物として自然の勢いである。右の仮処分が被告主張の如く不当のものであつたとすれば、被告はいつでも右の仮処分を排除する手続をとりえたはずであるにもかかわらず、被告はその手続をとらずに放置し、あまつさえ、右の仮処分によつては禁止されていない建物保存の修理すら行わなかつたために朽廃したもので、その朽廃の責任はむしろ被告にある。」
第三、証拠<省略>
理由
一、原告の請求原因第(一)、第(二)項の事実および参加の原因第(二)項の事実のうち参加人が本件土地の所有権取得登記を経由したことは、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる丙第二号証によれば、原告と参加人の間で、本件土地の売買契約が締結された事実が認められる。
二、そこで、右の原告参加人間の土地売買契約が、虚偽表示であるか否かについて判断する。
成立に争いのない甲第四号証の一、二および乙第三ないし第五号証ならびに原告本人尋問の結果によれば、右の売買契約に至るまでの本件土地に関する紛争の経過は、次のとおりであつたことが認められる。すなわち、原告は昭和二八年から本件土地の明渡を求めて、被告との間で訴訟を続けてきたが、第一、二審とも被告に罹災都市借地借家臨時処理法第二条の借地権が認められて、原告の敗訴となり、更に同三六年三月上告審判決によつて原告の敗訴が確定した。そこで被告は宿願としていた家の改築をなすべく、旧建物を取壊して新築にとりかかるや、原告は執拗にも再び本件の訴を提起して明渡を求める一方、別に明渡の調停を申立てて、所期の目的を達しようとしたが、双方の主張が折合わないまま、同四〇年三月初め調停不調に終つたので、原告の長年の知合である参加人に話を持ちかけて、前記売買契約を締結したものである。
ところで被告は、参加人が本件土地について長期間にわたる紛争があり、現に訴訟中であることを知りながら、右の売買契約を結んだものであると主張し、参加人はこれを争うのであるが、原告本人尋問の結果(一部)によれば、参加人に本件土地の権利関係に長期にわたる争いがあり現に訴訟中であることを充分承知のうえで、前記の売買契約を締結したことが窺知され、原告本人の供述中右認定に反する部分は措信できない。
しかして、原告の供述するところによると、原告は本件売買代金をもつて、負債の返済と生活費にあて、参加人は間借生活をしている関係上、本件土地を購入して早急に自己の居住家屋を建築するため、双方の必要から本件売買をしたもので、真実本件土地の所有権を譲渡する意思であつたから、昭和四〇年四月五日頃契約書の取り交しと同時に、手付金として金五〇〇、〇〇〇円を授受したというのである。しかしながら、すでに認定したとおり、本件土地については一〇数年にわたつて、紛争が続いており、売買契約が締結された当時においては、明渡の調停も不調に終つて、早急に被告から明渡を得ることが困難であつたことは明白であるから、参加人が早急にその居宅を建築したくて本件土地を買受けたということは、たやすく措信できないばかりでなく、現地も見ずに、而も登記前契約締結と同時に売買代金の半額にも当る金五〇万円を手付金として授受するということ自体、土地の売買としては余りに異常であつて、果してその通り金五〇万円が授受されたのか、又真実、売買する意思なのか疑念を抱かざるを得ない。しかも原告の供述によれば、同人は本件土地の売買に伴つて参加人に賦課された税金をかわつて支払つており、参加人への移転登記手続を自から行うだけでなく、その手続費用ならびに登録税の全額を負担する一方、買主たる参加人にとつては最も重要な書類ともいうべき登記済権利書を、現に原告において預つている(登記後引続き原告において登記済権利書を所持して来たことの証拠はないが、原告が現に保管している理由について、原告本人尋問の結果によつては納得できる説明がなされていない)ことが認められ、これらの事実は、原告が今なお実質的には本件土地の所有者である一端を露わしているもののように察せられ、これらの事実に、すでに認定したところをあわせ検討すれば、原告は長年にわたる被告との紛争を有利に解決するため、窮余の一策として形式上本件土地の所有名義を旧知の間柄にある参加人に移転しようとし、参加人もこれに応じて真実本件土地を譲受ける意思がないのに、原告から本件土地を買受ける契約を結び、登記手続等の費用および税金などを原告が一切負担して、本件土地の移転登記を経由したものと推認することができ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は措信できない。
以上のとおり、本件売買契約は虚偽表示であるから効力がなく、本件土地は依然として原告の所有に属し、参加人はこれを所有しないものといわねばならない。従つて、参加人の原告ならびに被告に対する本訴請求は、いずれも理由を欠き失当である。
三、つぎに、被告が昭和二二年一〇月一日罹災都市借地借家臨時処理法第二条に基づき、原告から本件土地の借地権を取得し、この賃貸借が同三二年一〇月一日借地法第六条の規定によつて、同日より二〇年の期間をもつて更新されたことは、当事者間に争いがない。
原告は右の借地権は、被告が同三六年九月中それまで本件土地上にあつた旧建物をとりこわしたときに、旧建物が朽廃していたので、消滅したと主張し、被告はこれを否認するので、右の朽廃の点について判断する。昭和三三年四月に旧建物を撮影した写真であることが争いのない甲第三号証の一、昭和三四年四月に同建物を撮影した写真であることに争いのない甲第三号証の二ないし四、昭和三六年九月同建物取りこわしの際の写真であることに争いのない甲第三号証の五、成立に争いのない乙第六号証の四、証人岡田経太郎、同高橋照雄、同高橋則昭の各証言ならびに原被告各本人尋問の結果(ただし、被告本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)によれば、本件建物は被告が昭和二〇年五月の戦災直後、焼跡にのこつていた焼トタン、焼木等の材料を貰い受けるなどして、建築した応急建物であつて、その構造は、土台を設けずに右の焼木等を土中にいけこんだいわゆる堀立柱をもつて、全体の建物を支え、建物の四周は壁を設けず焼トタンやガラス戸、板切れを用いてこれをめぐらし、屋根としては焼トタンを置き、これを置石その他によつて固定したものであり、その内部は三畳一間に台所と物置を備えただけの簡易建築であつたこと、そのため本件建物の寿命は、建築業を営む者の眼からすれば、建築後一〇年を出でないものと見られるものであるところ、建築以来昭和三六年九月に至るまでの一〇数年の間、一部の焼トタン等を新しい材料に取りかえる等の修繕が行われたことがあるが、建物全体の様相は別に改められたことがなく、柱の取りかえなどの建物の構造上基本的と考えられる部分の修繕は、全く行われていないこと、建築以来約一三年後の同三三年当時において、すでに柱の根元に腐しよくが見られ、さらに柱の傾斜があらわれているほか、物置の部分はその周囲にめぐらされてあるトタン張り等がはがれて大きな穴があき、著しく破損した状況にあつたほどであつて、それより約三年を経て一段と建物の腐しよくが進んだ同三六年九月には、暴風雨を受ければ風雨を引き込み、倒壊する危険があり、住居として安全にこれを使用するためには、普通程度の修繕では足らず、むしろ新築に近い程の大修繕を必要とする状況にあつたこと、以上の事実が認められ、証人大野みさを、同小川てつの各証言ならびに被告本人尋問の結果中、右認定の趣旨に反する部分は措信し難い。しかして、以上認定したところからすれば、本件建物は被告が主張するように、たんに著しく狭隘なため改築する必要があつたというにとどまらず、むしろ建物の寿命がつきたためこれを改築する必要があつたものと認められるのであつて、結局、本件建物は同三九年取りこわされた当時において、社会的通念に照らして建物としての社会的経済的効用を失うに至り、朽廃したものということができる。
四、そこで、右の朽廃を理由とする借地権の消滅の主張が、信義の原則に反するか否かについて検討することとする。
弁論の趣旨、成立に争いのない乙第六号証の一および四、同第七号証の一、二、証人岡田経太郎の証言とこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証、同大野みさを、同小川てつの各証言ならびに原被告本人尋問の結果によれば、旧建物は被告が戦災直後の窮乏と建築資材の払底のさなかにあつて、やむをえず将来本建築に建てかえるまでの当座の建物として建築した応急仮設の建物であつて、居住しうる面積が三畳一間に限られているうえ、天井高が極度に低いなど、被告方の七人の家族が居住するためには、極めて狭隘かつ不自由であつたこと、そのため被告は、かねがね本件建物をとりこわし新たに本建築で、家族ともども人間らしい生活を営みうる住居を建築したいと考え、その計画を行つてきたが、本件土地の借地権の設定を受けてから五年後の昭和二七年三月に至つて、ようやくそのめどもつき、当局から建築の認可をとりつけるとともに大工工事の手間賃をも支払つて、建築の手はずをととのえたこと、しかるに原告は、被告の借地権の取得を否定して、本件土地の明渡を求め、同月二五日旧建物と本件土地に対する現状変更禁止の仮処分を得てこれを執行したが、その本案訴訟は第一、二審及び上告審ともいずれも原告の敗訴に終つたのに、その間約九年もの間、右仮処分の執行を解放しなかつたので、被告としては前記の新築工事ができなかつたことは勿論、旧建物の構造からして、その維持保存に必要であつたというべき、柱の取りかえ等の大修繕も不可能であつたため、旧建物の腐しよくが進み、そのため、ようやく勝訴の確定判決を得て、改築に着手し、旧建物をとりこわした昭和三六年九月当時において、旧建物は朽廃するに至つていたこと、以上の事実が認められ、この認定の趣旨に反する証拠はない。
ところで、被告が罹災都市借地借家臨時処理法第二条に基づいて、本件土地の借地権を取得したことは前述のとおりであるが、同条は今次の戦争による罹災地の復興を促し、被害者たる罹災建物の借家人の、居住の安定をはかろうとする趣旨の下に制定されたのであるから、同法第五条に定める借地権の存続期間一〇年のうちの相当の時期に、本件建物の如き応急仮設の建物を取りこわして、新たに本建築の居住に値する建物を築造することは、右の法の趣旨にかない、同法によつて容認された行為であると考えられる。そして、すでに認定したとおり、被告は借地権の設定を受けた後五年後に、前記の新築にとりかかつたのであるから、前述の法の趣旨からみても、正当な権利の行使であると考えられるのであつて、かかる新築を禁止した原告の前記仮処分の執行は、結局違法であつたといわざるをえない。
しかして、かりに被告が前記のような新築を行う意思も能力もないまま、応急仮設の本件建物を放置し、その自然の勢としてこれが朽廃した場合に、原告がこの朽廃を理由として借地権の消滅を主張するのならば格別、原告自から前記の違法は仮処分を執行して、被告が着手せんとしていた正当な新築を阻止しておきながら、その執行が継続している間に、前記のとおり修繕が行えないがため進行した本件建物の腐しよくと、その結果たる本件建物の朽廃とをとらえて、被告の借地権の消滅を主張し、本件土地の明渡を求めるのは、いかにも信義の原則に反するものといわねばならない。
原告は被告の主張に対する反論として、被告が右の仮処分の排除の手続をとらなかつたことと、建物保存の修繕をしなかつたことを責めるのであるが、前者については、むしろ原告に期待さるべきことがらであつて、被告にその責を負わすべきではなく、後者についても、すでに認定したとおり、バラツクの旧建物は大修繕を必要とするのに、右の仮処分の執行の結果、その修繕を被告に期待することができなかつたのであるから、むしろ原告の責に帰すべきことがらであつて、右の反論はいずれも前記の判断をくつがえしうるものではない。
以上のとおり、本件建物の朽廃を理由とする借地権の消滅の主張は信義則に反するから、これを採用しえないのである。従つて、被告は依然として、本件土地の借地権を有するものというべきであつて、同人に対する原告の本訴請求は、その理由を欠き失当である。
三、よつて、原告の被告に対する請求ならびに参加人の原被告双方に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用および参加の費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 室伏壮一郎 篠原幾馬 浅生重機)